きっぱり見世物。堂々見世物。ひたすら見世物。
たばこと塩の博物館特別展 「江戸・明治の庶民娯楽 大見世物」開催中。 (12月14日まで) それで良い。 「芸術」 だの 「文化」 だの 「科学」 だのの仮面を引っ剥がせ! うれしいことに特別展なのにもかかわらず、入館料は通常料金の300円しか徴収されない。エライ! 有楽町で開催中の某 「科学」 展の入場料金と同額の1500円で、全143ページのオールカラー図版・解説付きのパンフレットも販売されている。 こっちのほうが、人体三枚おろしより風情がありまさ−ね。 まさか影響されたわけではあるまいが、博物館の隣のビルのショーウィンドーには巨大女がウエディングドレスを着て座っていた。 |
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い、意味わからん !! ひさびさの呼吸困難状態。わけわからないが、この超絶語感は天才の仕業である。 平賀源内、言わずと知れた江戸時代の天才学者である。しかしエレキテルと戯作文学以外は、何をやった人なのか良く知らない人も多いのではないか。おれもそのうちの一人なのであるが、このイベントを見学して、他にもいろいろな事を展開していた人だった事が分かった。博物学者にして、医学者、鉱物学者で建築家、画家、劇作家、そして戯作文学者 ( この他にも鉱山開発に関わってみたり、製陶業手を染めたりしている)。それでもって、文筆業以外はことごとく中途半端 (失敗)! 奇才と称される所以であろう。 ただし、天才は天才であった事は確実で、自分のアイディアを 「おめえがやれ」 と友人たち ( 杉田玄白、鈴木春信 ら) に惜しげも無く分け与え、無名であった彼らに功績をあげさせ、一躍有名人にしたりしている。 「 功ならず 名ばかり遂げて 年暮れぬ 」 ( 1778年 『源内蔵書・歳暮』より ) この項 ( 両国 )、明日以降へつづく |
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( 14日の続き ) 12/17 両国2
―――――すまん、興奮した。いまだに源内語感フィーバーが脳内で続いているもので「紅毛のスッペラポン」に抗するのは、これしか思いつかなかったのだ ( ダグワドルジについては4月20日の汐留の項参照のこと )。
JR両国駅西口改札を出ると、力士の彫像が通り沿いに建立されているのが見える。像の台座には、歴代の名力士の手形レリーフまで嵌め込まれていて、両国の街=相撲の街、という風に盛り立てている。 相撲ファンはいいなあ。プロレスファンにもその幸福を、おすそ分けしていただきたいものである。後楽園ホールに行く道の両側に、力道山、ジャイアント馬場、アントニオ猪木をはじめ、ルー・テーズ、カール・ゴッチ、ザ・シーク、アンドレ・ザ・ジャイアント、フレッド・ブラッシー、サン・マルチノ、ボボ・ブラジル、スカル・マーフィー、ディック・ザ・ブルーザー・アフィルス、インテリジェント・センセーショナル・ザ・デストロイヤー、フリッツ・フォン・エリック、ジョニー・バレンタイン、 ―― あ、いかんキリがない ―― 等の歴代の名レスラーの、彫像や手形のレリーフを見ることが出来るなら、無上の幸せなのだがなあ。 この通りに 「国技堂」 という和菓子屋があるのだが、この店のガラス戸にちょっといい写真が貼ってあったので紹介しておく。
じつは、もっとインパクトのある写真が↑の写真の横に飾られていたのだが、ガラスの反射の具合で良く見えなかったので掲載しなかった。 明日また両国に行って撮影してくる。 |
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( 17日の続き ) 12/18 両国3 取り直した写真は以下のものである ( 光線がウィンドーガラスに反射して見にくいのはご容赦あれ )。
またまた明日につづく |
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( 18日の続き ) 12/19 両国4 さらに両国の街の裏通りをうろつき回っていると、小さな広場 ( 変な日本語だが ) にシュールな風景を見た。黒い帯状の布が広場の柵や地面に、何らかの意思を感じさせる広げられかたをしている。何かの芸術パフォーマンスかと思い、しばらく眺めていたが、これは力士の「まわし」を洗濯した後、干しているのだと気づいた。
その時である、背後に殺気を感じた。振り返ってみると若い相撲取りがこちらを睨みつけている。ちょんまげ姿にヨットパーカー、スウェットパンツという 「ライフ・イズ・ダダ」 の体現者であった。公共の場所を撮影しただけで、そんなに憤怒をたぎらされても困る。文句があるのなら、右ロー、左ミドルからのビースト・クライムで潰してやろうかと思ったが、とりあえず20mほど避難して、望遠でその若手力士の肖像写真を撮る ( ひ、卑怯だあー )。彼はすぐそばにある立浪部屋の所属であると思われた。 この近辺には相撲部屋が多い。地図参照のこと。ほとんどスモウ・レスラー・ゲットーである。道でお相撲さんと行きかう事など珍しい事ではない。自転車に乗ってるお相撲さん、携帯電話をかけているお相撲さん、うまか棒を食べてるお相撲さん、スキップをしているお相撲さん、チャールストンを踊っているお相撲さん、レース編みをしているお相撲さん、連続側転で転がりぬけていくお相撲さん、いろいろである。だから昨日の写真のように、野球ぐらいしていても何の不思議も無いのだ。 またまたまた明日へつづく |
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( 18日の続き ) 12/20 両国5
正体不明の建造物である。ミナレット( 尖塔 )風の建物なのだが、1階は居酒屋である。脇の入口には、この不思議な建物の正体を確かめようと、多数の探索者が無断侵入したらしく、家主の怒りの警告書が貼られていた。 昨日までの検証を含め、両国は 「ダダ & シュール」 の街であることが、ほぼ立証できたと思う。 さらに明日以降へつづく |
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( 20日の続き ) 12/24 両国6 メリークリ阿弥陀仏!! 何が悲しくておれをこうさせるのか分からないが、本日も両国へ取材に行ってきた。 まずは京葉道路をまたぐ歩道橋上から撮影した写真を見てほしい。 それが両国には無いのだ。 ムキになって探してみたら、やっと一軒、ガレージを使った仮設の店舗でチキンの丸焼きを売っていた。クリスマスを当て込んだ商売家は、そこ一軒きりだった。 ただし、当然のようにフグは宙を舞っていた。 ( しつこく明日以降へつづく ) |
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( 24日の続き ) 12/25 両国7 メリークリカンカンノー!! ああ、やっとたどり着いた。えんえん両国をひっぱって来たのは、「お江戸 両国亭」ならびに三遊亭遊史郎を紹介したかったからなのだ。 2週間以上も前のことで恐縮であるが、12月5日の 「両国寄席」 において、われわれイチオシの噺家さん“落語芸術協会 二ッ目のエース”三遊亭遊史郎の高座があった。 その前に会場の両国亭のことを書いておくと、遊史郎さんが独演会に使用する東京芸術劇場をマジソン・スクウェア・ガーデンとし、上野広小路亭を後楽園ホールとすると、両国亭は博多スターレーンに匹敵するように思えた。まー、この様な比喩をしてもプロレスファン以外は、何いってるんだか分からないだろうけど。 それで、当日の演目は「宮戸川」。女性が重要な役割をする噺では、遊史郎の優男ぶりが吉と出るので、スーッと入っていける。それと、シロウトがあーだこーだ言うのは笑止であるが、あの噺はあそこでブッタ切るからこそ、アバンギャルドな良さがあるのだと思う。 あ、そういうことなら、遊史郎がいれば両国は 「ダダ&シュール&アバンギャルド」 という事になる。何だか知らんが豪華3本立てである。「いつも心にローリング・クレイドル・ホールドを」である。 両国取材のため数回 「お江戸 両国亭」 の前を通った。昨日も来年のスケジュールを確認するためにウィンドーの中の掲示板を見ていたら、どこからか知らないおじさんがやって来て ( どういうわけか『工場長』のような格好をしていた )、 「お江戸日本橋亭ので良ければ割引券をあげるよ」 と言って1年間有効の入場料が2000円のところを500円になるという、凄まじい割引率の優待券を3枚もめぐんでくれた。おれが貧乏そうな身なりをしていて、哀れに思ったのか。どうなっておるのだ。 一晩ねむって、やっと判った。あのおじさんは サンタクロースだったのだ。 この項 ( 『両国』 ) 終了。 |
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天網恢々疎にして漏らさず ぎゃはは。よせばいいのに、アメリカ大使館の取材に行ってきた。 地下鉄の駅から大使館に近づくにつれ、警備の警察官の緊張が伝わってくる。思いのほか、通行人はほとんどいない。というか、おれだけ。かまわず写真を撮りつづけ、ものものしい雰囲気のアメリカ大使館正門前まで行き、バッグからザ・グレート・ムガを取り出して撮影をする。そのとたん、おそらく、その時まで我慢を重ねていたと思われる警察官に、ワーっと取り囲まれ、あっという間にカバンの中身から、本籍・現住所・電話番号まで調べ上げられてしまった(ただし、警察官の対応は紳士的なものであり、不快感は無かった)。ホームページ制作の取材である旨を説明し、やっと解放される。 まあ、このご時世に、いつ爆破されるか分からないアメリカ大使館を、取材に行くほうも行くほうなのだが、今年の最大の出来事の「戦争」の片方の当事者の出先機関の写真くらい撮っておかなければ、年も越せないではないか。
大使館内を見学するなど、とんでもなさそうであったので、とりあえず、大使館の回りを一周する。なべて事も無し。ただし、数メートルおきに立っている警察官が、左手にザ・グレート・ムガ、右手にデジカメを持ったおれの姿を確認すると、ピクリと反応するのがわかる。こちらを刺すような視線がいたい。すまぬすまぬ。君たちに悪気はないと、いやがられながら、写真を撮る。
帰り道、大使館からかなり離れた位置から撮影をしていたら、一人の警察官が 「ホームページの方ですね?」と確認をしに来た。どうやら無線連絡で、警備の警官全員に「あー、あー、ホームページの取材のバカ一匹、徘徊中、バカ一匹徘徊中」というようなお達しが通告ズミだったようだ。 それでなんで「天網恢々疎にして漏らさず」なのかというと… 2001年9月11日→アフガニスタン→イラクという流れの中で、どうしても分からない、幾つもの疑問があるのだ。 とりあえず2つだけ書いておくと
以上、最低限、この2つの疑問が解けないうちは、今年の、あの「戦争」の真実は見えてこないように思う。 「プロレスとは 底が丸見えの底なし沼である」 ( 週刊ファイト・元編集長 井上義啓 )
本年一年間、懲りずに、このバカ・ホーム・ページを見てくださった皆様、ありがとう。 来年もまた、ダラダラと生半可な気持ちでやっていくつもりなので、よろしくよろしく。 では、敬愛する赤塚不二夫先生のご病気快癒と皆様の健康を祈念して メリークリ正月 !!!!! |
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