10/30  梅島 ベルモント公園 ヤマザキ報告
 
( 吹けない口笛を吹きながらの自動書記 ・写真)



 ●ベルモント公園


  東武伊勢崎線 梅島駅より
      徒歩5分

「求ム!姉妹」に応募したのは
        ブーメランの達人だった

 
「ベルモント市」と言われて、それが世界のどこにあるのか即答できる人は、スシ職人で人道主義の共和党員よりも確実に少ない。

 いつものようにボーっとしながら、何となく地図を見ていると、足立区の梅島に「ベルモント公園」という記載があった。その名から、どうせ欧米コンプレックスの所産であろうと思われたが、梅島といえば大御所ビートたけしの出身地でもあり、そのイメージとの落差に惹かれ出かけていった。


 ベルモント公園に到着してみると、大きなヤシとかシュロのような植物が目をひき、池には黒鳥が優雅に泳いでいた。芝生の上では子供連れが、シートを敷いてピクニック気分で食事をとっており、その向こうにはレンガ作りの洋風建築物が見えたいた。
 ヤシに欧風建築?と思いながら、その建物に近づいていった。




(この項つづく)


                    
11/7 ベルモント公園 陳列館  (10/30のつづき)

 
その洋風建築の入口に館内案内が掲示してあり「オーストラリアの人たちの生活や文化に触れて見ませんか」と記されていた。
 館内に入ったすぐ脇に、
足立区とオーストラリアのベルモント市が姉妹都市である事が説明されていた。洋風庭園と思っていたのは豪風庭園だったのだ。(黒鳥は西オーストラリア州の州鳥とのこと)

 


 館内一階はオーストラリアの古民具、アボリジニのブーメランや楽器、




 
2階にはベルモント市と足立区の交換留学の記録や、ベルモント市から寄贈された記念品などが展示されていた。




 
東京の足立区とオーストラリアのベルモント市が姉妹都市契約を結んだ経緯は、足立区が英文の冊子を各国大使館に配布し、各国に呼びかけたところ、それに応えてくれたのがパース市であったということである。

 東洋の何だかよく知らない一地区の全方位ラブコールに、オセアニアの「パース空港がある」というだけが取り柄の市
(つまり、パース空港があるのはパース市ではなく隣市ベルモント市なのである。千葉県にあるのに『新東京国際空港』と言うようなものだろうか) が、「仲良くしよう」と手を挙げたのである。小作農の三男坊と、気立ては良いがアル中のゲタ職人の父親の折檻に耐え切れず出奔した家出娘との縁談のような話である。泣かせる。

 
しかし本当にベルモント市の市民は善良な人々らしく 使節団の団長がその暖かな歓待ぶりに感激して、区報『豪州見聞録』に一文を寄せている。   
 
 


 アボジリニとの交歓記にはブーメランについての興味深い記事もあった。

  


 
おそらく数年後には、毎年行なわれているという中学生使節団の相互派遣などの交流から、ジャズを典型的な例とした「文明の衝突・融合」が起こり、新しい文化・文明の萌芽が見られることになるはずだ。

 すなわち、身近な事で言えば、ヨーロッパの「カトゥレット」と日本の玉子丼が融合して、カツ丼が出来たように、
ワニの活き造りとか、みみずソーメンとかイモ虫巻き(ウィッチティ・グラブ・ロール)とかが日本の食卓を賑わす日も近いと思われる。

 すべては足立区の中学生諸君の、オーストラリア文化・文明の吸収力にかかっている。


(この項つづく)


                    
11/14 (7日のつづき)



 公園内にある掲示板にもベルモント市については、簡潔すぎるほど簡潔な紹介にとどめている。しかし、これではどんな所なのかさっぱり判らない。

         

   


 ベルモント公園の事務所で貰ったパンフレットには「“機会”のある都市」で(意味不明である)、「平坦で砂におおわれた地帯」との記述があった。
 陳列館内の掲示には「春になると、野原にワイルドフラワーが咲き乱れるため、別名ワイルドフラワー・シティとも呼ばれています」と書かれていた。
 足立区観光協会のホームページでは「粘土質の土壌」と記されていた。

 粘土質の土壌で砂におおわれていてワイルドフラワーが咲き乱れる“機会”のある都市……

 結局、何だか全然判らないが、謎めいてそそられる地ではある。

 ちなみに『地球の歩き方』にもベルモント市についての記載は無い。



 そいで、ベルモント公園について。
 東京都内の区立公園というのは、土のグラウンドにブランコ、スベリ台、砂場というのが相場だが、ここは一面芝生である。もちろん芝生内に立ち入り可なので、近所の人らしき子供連れがシートを広げて食事をとっていた。日常的にピクニック気分にひたれるとは、羨ましいかぎりである。



 この在りかたは、素晴らしい、と言って良いと思う。何処でも寝転がれるがゆえに、ベンチの席取り争いも無く、昔型の優雅なベンチが置かれていた。これからの区立公園設計の方向性を、示唆しているような気がする。




(この項つづく)



                           
11/18 (14日のつづき)

 足立区といえば最初に思い浮かべるのはビートたけしである。彼はここ梅島(島根町)の出身であり、伝説のオールナイト・ニッポンの「足立区のガキコーナー」は、この地を舞台にしている。

 きっとアル中のペンキ屋の親父が、半纏・ニッカボッカ・地下足袋すがたで、一升瓶片手にバラックの集落を徘徊しているような街であろうと決めつけて取材に赴いたのだが、以外にも落ち着いた住宅地であった。

            


 
仕方がないので、少年・北野武が卒業した梅島第一小学校の写真を撮る。

      


 それでも諦めきれずに「場末風路地ウラ」を探し、まあまあのロケーションがあったので、デジカメでパチパチとやる。

  

 ファインダーを覗きながらアングルを考えていると、足元でニャアというネコのなき声がして、向う脛あたりのジーンズ越しにかすかな感触があった。視線を落とすと写真の矢印のところにいた猫がおれに擦り寄っていた。ふつう、この種の高級そうなネコは警戒心が強く、狂暴であるのに。

 頭と喉と背中を掻いてやる。人みな我を疎み去りゆくのに、そうかそうか名も知らぬお前だけがおれの味方だね。

 よよと泣き崩れる梅島・島根町の夕暮刻であった。


       


 この項おわり








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