10/3  渋谷 桜丘町   タカハシ報告(文・写真)


 今回、私“ジャパニーズ・タカハシ”が「渋谷」にスポットを当ててみました!

 当ホームページをご覧の皆様には、ほとんど興味の無い街かもしれませんね。 “センター街”に“109(ひっそりと107もあるのだよ)”。 “コギャル”に“ヤマンバ”、“チーマー”に“丸井”。 情緒などとは無縁な“欲望むき出しの赤裸々な街”であります。 しかし、それらは“ハチ公改札口”のセンター街側であり、これから紹介する“南改札口”、 つまり国道246号を挟んだ反対側の「桜丘町」周辺を紹介したいのであります。


       本当でしょ。24:00までやっているありがたい古着屋さん。


 南改札を西口側へ出て左。246を跨ぐ歩道橋を渡ると、そこが桜丘町です。 ここには「さくら通り」と言う実際は“坂”なのですが、桜の季節にはひじょうに「夜桜」の美しい通りがあります。 そしてこの坂を上り始めますと、むかって右手には日本が誇る“マンガ”、“ジャパニメーション”の巣窟であり、 「まんだらけ」、「まんがの森」と肩を並べる「animate」があります。 それからこのビルの二階には「メロンの告白」 でお馴染みの映画青年“H君”がこまめに足を運ぶ映画館「ユーロスペース」もありますね。
さくら通り さくら通り animate ユーロスペース

 そしてこの辺一帯は飲食店も数多く、その中でも今回私がお薦めするお店は、ある意味では“これぞ日本食!” なのかも知れません。 なぜなら海外の方がイメージする日本食の代名詞「すし」などを毎日食している輩などは皆無で、“庶民”と言われる人種は良くて一年にいっぺん。 最悪の場合「回転寿司」しか食した事が無い“明るい貧乏家族”がほとんどなのであります。 したがってこれから紹介する「大衆食堂」は“和洋折衷”を含め “食のバーリトゥード”であり、コックさんの“ポリシーを超えたポリシー”を感じずにはいられません。

 その名も「SYOKUDOH『かいどう』」であります!


 
私は20年来、この店をヒイキにしていたのにもかかわらず、最近までただの“中華屋さん”だと思っておりました。 なぜなら「中華丼」(税別500円スープ付き)しか“注文した事が無かった”からです。 友人を誘っても「中華丼」しか食べさせませんでした。

 かなりのファシストです。

 しかし、抜群に美味いのですね!

 そしてここは“大衆食堂処”と謳っているだけあって“これぞ日本食の王道”が全て食べられます!

 「らーめん」、「焼きそば」、「カレーライス」に「オムライス」。「チャーハン」に「ポークソティー」まであります。

 値段も400円から800円程度で良心的です。

 飲み物も、「ビール」に「日本酒」、「ジュース」に「コーラ」。

 これぞ“現代日本の胃袋”です!

 是非とも渋谷に来られた方は立ち寄って、舌鼓を打って頂きたいものです。(営業時間AM11:00〜PM11:00)

  そして、そのお店のすぐ前にはイギリス人の方ならご存じと思いますが、 80年代初頭に日本及びイギリスで活躍された「ジャパン」と言うバンドがありました。 ラスト・ツアーのギターリスト“土屋昌己” が在籍したバンド「一風堂」の名前の由来となったディスカウント・ショップ「一風堂」A、B店 があります。 店内は、さながら“ミニミニ秋葉原状態”ですね!










B店は向かい側である。

 
また、この突き当たりを右へ線路沿いをまっすぐ歩けば、“ちょっと大人の原宿”な「代官山」まで10分位で着いてしまいますし、 この辺りは路地へ入ればそれなりの“日本家屋”もありますので、ご期待に答えられるかも知れません…。

 “マイ・フェイバリット!”

 今回は“渋谷”ではなく「かいどう」の“中華丼”と言う事でした!




10/10 新橋   新橋4丁目付近  ヤマザキ報告(文・写真・落書き)





 新橋の赤レンガ通りに和菓子屋があり、
「切腹最中」という凄いネーミングのモナカを売っている(浅野匠頭が切腹した屋敷がすぐ近くにある)。
和菓子 新正堂 切腹最中 切腹最中 切腹最中断面図

  先日、甘いものが欲しくなったので買い求めに行くと、店舗が赤レンガ通りから20mほど離れた場所に移転していた。 店の人に移転の理由を尋ねたところ、以前の店は再開発地域に指定されたため引越した、との事であった。
 
「再開発」という単語にカッとし、注意して店の付近を見渡すと、なるほど、「立ち退き→さら地化」が進んでいる。

 ・・・・・・・またしても「再開発」。

 
「サイカイハツジギョウヨウチ タチイリヲキンズ トウキョウトダイニサイカイハツジムショ」  

 悪魔の呪文?

 魔太郎の「コ・ノ・ウ・ラ・ミ・ハ・ラ・サ・デ・オ・ク・ベ・キ・カ」
 黒井ミサの「エコエコアザラク エコエコザメラク」
 悪魔くんの
「エロイムエッサイム エロイムエッサイム」
 
のように、正義のために使う魔術であるのだろうか?

 
あたり一面が、ぜーんぶさら地になってしまうのであろうから、記録にとどめるため、写真を幾枚か撮ってきた。 無くしてしまうのは惜しい「人間が暮らしている」風景である。
新橋 柳通り 電柱と交通標識が寄り添うように傾いている







2階のジャングル


 この店もその家もあの辻も魔法のように消失する。


 
どうせクソつまらん高層ビルが建てられ、「イマふう」の店が出来るのだろうが、 その店に「クロンボ」と名付けられる、ガッツのある資本家・経営者はいるのか、オイッ!!

 
そんな事を思いながら撮影に歩き回っていると、再開発について説明された掲示板を発見した。
 つまり、高層ビルが出来るのではなく、道路になるとの事である。 開発地域は幅約40m全長1.35キロメートルに及ぶ。広大な地域の立ち退きが進行中なのであった。
 
通俗・無個性高層ビルが建ち並ぶのではなく、道路になるのであれば、いつかは必ず来るという予測の、大地震の避難路ともなるのだろう。 うーん、「再開発」もやむなしかぁ?

 
・・・・・ま― ・・・・・・フ、フガフガフガ・・グググ・・・ま――― ・・・・・・・しょうがないでしょっ、グググググ… (池波志乃が『プレイボーイ』で名を馳せた中尾彬との婚約を発表した事を受けての、テレビ・インタビューでの憤懣やる方無い古今亭志ん朝調)。
 
というわけで、おれは拗ねたドラ猫(下図A参照)、もしくは「つながり一回転困惑眉毛」(下図B・C参照)になりつつも、湘南出身の東京都知事を許してやった。 
 
以上!





一回転困惑眉毛拡大図




10/17  田端 ナガヤマ報告(文・写真)
 
[A]





 
田端駅の北口を出て左の方角へ歩くと、目線の上の方に「熱帯魚 東京水族館」と言う看板が見える。 「えっ?田端に水族館が?」と驚いてしまうが、実はここは熱帯魚の問屋らしい。
 
実はわたくしラッセル・ナガヤマは、この建物をよく利用している。 この建物の4Fの稽古場をお借りしているのだ。 ここに稽古場があることは、世間にはあまり知られていない。 しかし連日、芝居やダンスや歌などの練習で、稽古場のスケジュールはいっぱいなのだそうだ。 私がここをお借りしてから4ヶ月が経とうとしているが、わたしは未だ、ここの管理人にお会いしたことがない。 借りる時に電話でお話したきり、あとは使用料は封筒入れて稽古場に置いてくれればいいと言うのだ。 なにを恐れているのだ?
 稽古場へは、4Fまでノンストップの階段を使う。心臓破りの階段である。 4Fに着くと、そこには「トキワ荘」を思わせる(あくまで想像だが)風呂なし、共同便所の居住空間がある。 それを横目に稽古場の扉を開けるのだ。明るい稽古場と、薄暗い居住空間のギャップに私はいつも戸惑う。
 
さて、東京水族館は高台にあるので、田端の商店街へは、長い坂道を降りることになるのだが、これが尾道を思わせる坂道で、今にも富田靖子が、自転車で上ってきそうである。 私の青春は大林作品だった。
 田端のマスコットは、カッパなのだそうだ。その名も「りゅうのすけ」くんである。 はて、田端にカッパ伝説があるのだろうか?カッパを求めて、私のカッパ探しの旅は始まった。

 
きっと商店街には、「りゅうのすけ」くんのポスターが至る所に貼られ、「りゅうのすけくんまんじゅう」などの関連商品があるに違いない。 先週ショーグン・ヤマザキが見つけた「切腹最中」に対抗できる。
 
そう思いつつ意気揚々と商店街に入ってみると、・・・いないのだ。「りゅうのすけ」くんが、どこにもいないのだ。 まんじゅうもどこを探してもないのだ。
 
そのかわりに目に付くのが、営業をやめてしまったお店である。
 
「居酒屋 武富士」。大手消費者金融と同名なため、金を借りにくる人が絶えず、営業をやめたのか。
 「中華料理 五十番」。ここのご主人は、きっと謙虚な人だったに違いない。「俺が一番だ!」とは言えなかったんだと思う。
 
再開発の波はここにも押し寄せていて、昔から営業しているお豆腐屋さんの隣には、マンションが建てられようとしている。 「ニーズに合った建物を計画中です」とある。 ぜひ、お豆腐屋さんが似合うマンションを建ててもらいたいものである。
 さて、商店街を抜けると、不忍通りに出る。ここを右折して歩いて行くと、本郷通りにぶつかる。
 
この交差点から程近いところに「六義園」があるのだが、ここはショーグン・ヤマザキがすでに取材しているので、今回はやめておく。

 不忍通りにも面白いお店を見つけた。 
 「宮内庁 御用達」のテニスショップである。 天皇家の皆様がテニスを好まれるのは知っていたが、このお店からお買いになっていたとは。
 
「65才以上の方を対象にしたマッサージ」。64才のじいさんが、「わしゃあ、肩こりがひどくて夜も眠れんのじゃ。先生、ひとつマッサージをお願いいたしますじゃ」 といくら懇願しても、断るんだろうな、きっと。こだわりである。
[B]

 
不忍通りは、北区と文京区の境界線に位置するのだが、ちょっと路地を文京区の方へ入っていくと、静かな住宅地が広がっている。
 
そこで見つけたのが「神明都電車庫跡公園」である。 すぐ隣には、「本駒込図書館」があり(田端の取材のはずが駒込まで来ちゃったのか?)実に静かな公園である。 廃止されるまで走っていた都電の客車と貨物車が、ひっそりとたたずんでいた。 ちなみにこの場所は、「65才以上のマッサージ」店の対面にある道を入ってゆくとすぐにある。
 さて、話をもとに戻して、カッパ探しの旅である。 結論から言うと、田端には「カッパ伝説」など存在しなかった。 「りゅうのすけ」の名前を聞いたときに、ピンとくるべきだった。
 
実は田端は昔、「文士(小説や詩を書く人)」がたくさん住んでいたのだ。 萩原朔太郎も、室生犀星も、「のらくろ」の田河水泡も、 ショーグン・ヤマザキが敬愛するサトウ 八チローも。 そして、「河童」の作者の芥川龍之介も大正3年から田端に住んでいたのだ。 だから、カッパの「りゅうのすけ」くんなのである。 
 
事実を知って呆然と帰路に着く私の視界に、不思議な文字が飛び込んで来た。
 
一軒の居酒屋の玄関わきに貼り出されていた「お品書き」。そこに「UFO上げ」の文字が!
 一瞬、揚げ物のたぐいかと思ったが、「揚げ」ではない「上げ」である。 「打ち上げ」の「上げ」である。 「もしやこの店の地下施設で、日本製のUFOが製造され打ち上げ実験が?」私の脳裏をそんな考えがかすめる。  

 カッパ、UFO、現代のトキワ荘。やはり田端は、我々の考えの及ばない「ミステリーゾーン」なのかも知れない。




10/24  浅草  浅草寺西側 ヤマザキ報告(駄文・写真)








 ―――浅草奥山。 江戸時代の浅草寺北西部一帯の盛り場の呼称である。11月16日まで奥山を再現したイベント(『浅草奥山風景』)が催されている。
 その一角に「見世物小屋」
(21世紀まで生き残った!)があった。タネ明かしはしない。言わずもがなである。「見世物小屋」は見るものではなく聴くもの(話芸)なのだ。客は騙されるために木戸銭を払う。そして騙された事を楽しむ。
 だけど、ひとつだけ言っちゃうと、「見世物」の案内解説人は小屋から出る間際、「外へ行ってから余計なこと言うんじゃねえぞ!!」とスゴんでみせる。ギャハハと笑う観客。そこには、ほとんど日本人にしか理解できないであろう「粋」の世界がある。・・・・・・や、粋はあやしいが、少なくとも「野暮」はダメの共同幻想を半強制的に構築されてしまう。
 大いたち、大ざる小ざる、大かみ娘まで見れたうえに、
大ウソ月まで眺められるのだから、100円くらいの入場料金は払っても無駄にはならない(ようななるようなならないような…)





 「浅草奥山風景」と時を同じくして浅草寺のライトアップも始まった。
(ライト点灯時間は、日没より午後11時まで)奥山のイベントは11月16日で終了するが、ライトアップは今後
          
継続されるとの事。浅草観光連盟の大盤振る舞いである。






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