

屋根裏部屋に貧乏画家はいない 2003年のレポートで既報のとおり、新橋地区の「再開発」は、ゆったりとしかし確実に進行中である。 もはや日本文化がどうのとか、人間の生活の息遣いがどうのとかは一切省みられず、「白いファシズム」に飲み込まれつつある。
おれとても全日本陋屋愛好家協会会員というわけでもなく、狭い国土の有効利用に異を唱えるものでもない。しかしねー、無定見な「再開発」で日本文化をないがしろにしたハリボテ・ヨーロッパの乱立を、ニガニガしく思っている人間のひとりではある。 ただし、ニューヨークのロシア人街や、中国人街や、イタリア人街などのように、本当にその国の人々が暮らし、商いをするのなら、それはそれで大変面白い地域になると思う。たとえそれが自然発生的に出来たものでないにしろ。その様な企画であるのならあやまるあやまる。
10年くらい前に行ったシンガポールには、オーチャード・ロードという一番の目抜き通りの角に、中国風屋根を冠した高層ホテルがあったぞ。日本だって最上階が天守閣になってるビルを造れ。明治維新以来約140年、いつまで欧米コンプレックス植民地根性でいれば気がすむのだ。
幕末の志士が現在の惨状を目の当たりにしたなら、一体、どのような感想を漏らすのであろうか。おそらく点目になり絶句するだろう。
あるいは白目か。
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(13日のつづき) 11/24 東新橋 (港区)
コンプレックスというと劣等感というような意味になってしまっているが、本来は複合的とか集合体というような意味である(日本ではinferiority complexとかsuperiority complexが略されてしまったものと思われる。エラソーに言っているが、ローニン・アサクラからの受け売り)。 で、冒頭の写真の公園は、前回の「チッタ・イタリア」とJRの線路を挟んだ東側にある、その名も「イタリア公園」である。 ぎゃはは。どうしてどうしてそんなにイタリアなのだ? 意味分からん。イタリア・コンプレックスも極まれリである。もちろん複合体という意味でですよ―ん。けっしてスパゲッティ常食民族国家に対する劣等感の事を言ってるのではありません。うひゃひゃひゃ。
くどい様だが、劣等感という意味ではなく、複合体という意味ですからね。うひょひょひょひょひょーー(マカロニほうれん荘のキンドーさん調)。
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(おまけ) 12/3
この項おわり |

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